天災は備えあれば憂いなくば祭り頼らば忘れた頃にやって来る

 イベントブームといわれて久しい。今は毎日が祭りみたいなものだから、ハレとケの境目があいまいだから、ベーシックに出来事だらけで何も起こってないのと同じだから、たいがいのことには動じないから、こころの準備が出来ているから、備わるとそれを最大限に使ってみたくなるから、むしろなんか起こればよいから、いや起こしたいから、何もないともう生きた気しないから、しまいにゃ待ちくたびれて諦めるから、なんか起きるという夢は諦めるから、ノストラダムスなんかうそだから、っていうか忘れたし、そう、忘れた。じゃあそろそろ来るかなって、天災に期待している。天災は恣意的じゃないから、恨みっこなしでいいよね。ネガティヴでしか収斂できない多元の幸福からポジティヴで一元化しやすい多元の不幸へと敵より仲間を圧倒的に増やして実現できる。昭和みたいのが只で手に入るのだよ。祭りは準備をするのが楽しい。本番当日までがわくわくするものだ、本来は。