純愛〜無力のちから〜

 


 午前四時、俺は引き返そうとしていた。彼女に手を振った交差点に戻ろうとしていた。おやすみなさいを言っただけでは当然収まる気持ちではなかった。なにかが終わりかけてる、いや終わったような気がしていた。しかし、それがすべての終わりなのか、終わりが事実なのか本当なのか確かめたかった。俺の心臓は40年の人生すべてを吐き出していた。胸筋がつりそうだ。滝のように体中の血が俺の真ん中にそそがれる。命の危機を感じた。もうこの世にもあの世にも俺の住む場所がなくなる。消えてなくなる・・・・・

           


              死ぬ。



そう思った。勃起していた。「さっきの交差点に来てくれ、一瞬でいい」俺はタクシーに手をあげた。一台が留まり、車に乗り込んだとき沈黙の受話器越しに「ごめん、無理。会えない」と聞こえた。


「お客さん、行き先は?」「わからないけど、まっすぐ、いや阿佐ヶ谷まで」「ここ阿佐ヶ谷ですよ」「そう、ここでいいんです」車を降りて家と布団と睡眠と目覚ましを通過した。朝を走り、仕事に寄り、夕に着く頃に純愛がやっと終わっていた。

 
      
        言葉は無力だった。それは強くなるほど、無力だった。


 
 彼女の気持ちがやっとわかった。俺はまた同じことをやってしまったんだと、盲目から目覚めた今朝である。